ヤシマ作戦から既に3日が過ぎようとしていた。

件の使徒から受けた被害は甚大なものであり、特にエヴァ零号機に至っては、関係者の不眠不休の努力をもってしてもやっとオーバーホールの計画が立ったばかりである。

 

慌ただしいネルフ本部内の雰囲気と対照的に、シンジは一人壁に備え付けられたカードリーダーの前で立ち止まっていた。

セキュリティカードをリーダーに通す。

「………父さんが僕を呼ぶなんて…なんのために……?」

シンジの呟きを遮るように、軽い空気音を発して扉が開く。

この区画を過ぎれば総指令室はすぐだ。

「…なんだか……やっぱり気がすすまないな………」

 

第九話、兆し

 

 プシュー

「碇シンジです。入ります。」

総司令室に足を踏み入れたシンジを迎えたのは、ゲンドウではなく冬月の声だった。

「おお、わざわざすまないねシンジ君。ほら、もう少しこちらに来たまえ。」

身構えていたゲンドウとの対面がなく、少々肩すかしをくらった面持ちのシンジだったが、いかにも好々爺然とした冬月の態度に安心したのか、進められるままにソファに腰をおろした。

「あの…父さんは?」

「うむ、碇の奴は少し急用でな。代わりに私が用件を伝えることになってる……さぁ、飲みなさい。」

「はい、ありがとう…ございます……」

冬月に言われるままに、差し出された緑茶を飲むシンジ。

(なんだかいい人だ……)

純粋にシンジはそう感じる。だが、そのとき

『ククク…本当にユイ君に似ているな…今からシンジ君の娘が楽しみと言うものだ……』

などと冬月が心中邪念を渦巻かせているなどとはもちろん気づきようもなかった。

「あの…それで僕に伝える用件ってなんなんですか?」

緊張気味のシンジの言葉に、妄想の世界から現実へとカムバックさせられる冬月。

だがそこはそれ年の功。うろたえる素振りなど露ほども見せずに、冬月はにっこり微笑んで口を開いた。

「それなんだがね。これは碇から君…いや、君たちへの…まぁ、言ってみれば命令でね……」

 

「『君たち』…ですか?」

 

訝しげに口を挟んだシンジの様子に、冬月は口元の笑みをさらに強め、答えた。

「君と綾波レイだよ。全く突然な話だと思うんだが、君たちに同居してもらう…ということだそうだ。」

その瞬間、時間が止まった。そりゃもうバッチリこれでもかってほどに凍りついた。

きっちり計って三十秒後、シンジは口を動かした。そりゃもう例えようもないくらいにぎこちない動きだった。

「………モ、モウ一度おねがイシまス。」

「ん? 同居するんだよ。君と綾波レイが、二人で。」

変わらぬ…平然とした口調で冬月はそう言い放つ。顔には微笑をたたえたままだ。

しかし、その瞳は怪しく光り、一種異様な雰囲気を醸し出していることは言うまでもない。

だが幸いというべきか、冬月以上にトリップしたシンジはそんな冬月の異常な様子に気がつくことはなかった。

(綾波と同居………同居…………ていうかむしろ同棲!?

同居と同棲、意味は同じはずだが連想されるイメージにはとっても大きな隔たりがあったりする。

この瞬間、彼の脳裏にはとても口に出しては言えないピンク色の妄想が閃光のように駆けめぐった。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!!!」

「ん?」

「ど、同居って……ふ、二人で?! 一体なんで……!」

慌てるシンジとは対照的に、冬月は(外見上は)落ち着いた様子で茶をすすり、

「理由は碇の奴しか知らんよ。しかしこれは命令だからな………」

とのたもうた。

「そんな! それに命令って……」

「仮に逆らえば…軍事法廷が待っているということだよ、シンジ君。」

この瞬間、冬月はこれ以上ないほどにいい笑顔を浮かべていたことだろう。

惜しむらくは余りの事態に動転したシンジが冬月の様子にまで気が回らなかったと言うことである。

「まぁ、良いじゃないか。レイのことが嫌いなわけではないんだろう?」

「そ!…それは……その、そうですけど……」

赤面したシンジの言葉を受けて、間髪入れず続けざまに冬月は言った。

 

「とにかくレイには君から伝えてくれたまえ。住居は碇の奴が確保してあると言っていた、追ってこちらから連絡するよ。」

 

……そして数分後。

「…それじゃ失礼します…あの、お茶ありがとうございました。」

もはや為す術もなかったのか、ペコリと頭を下げて退出するシンジの姿があったのだった。

 

 

笑顔でシンジを送り出すと、しばらくして冬月は感慨深げに口を開いた。

「…まったく大きくなったものだ。記憶の中のシンジ君はまだほんの幼子だというのに……」

目を細め、懐古するように独り言を続ける。

「あの頃はまだネルフなどという組織は無かった。『ゲヒルン』……私の第二の人生が始まった場所がここにあった……」

淡々と喋りながら冬月は無闇に広い総司令室を横切り、部屋の隅の一見掃除用具入れのような戸棚の前で立ち止まった。

そしてその扉を開ける。

「セカンドインパクトの実態……それを知ったとき、私は慄然とした。そして二度とそのような悲劇を繰り返してなるものかと決意した。…今思えばその時点で私の歩む道は決まってしまっていたのだな……そう…碇、お前が創る道に…」

そうなのだ。

冬月の足元には口に猿ぐつわを、耳には耳栓を、手足には荒縄をまかれたゲンドウが転がっていた。

何か言おうとしているようだが、二重の猿ぐつわの為に何を言っているのか全く理解不能だ。

ましてやこの広い総司令室、加えて戸棚の中である。ゲンドウがいくら呻いてもシンジに聞こえなかったのも頷けるというものだ。

「おお、すまんな碇。縄を解くのを忘れていたよ。」

本当に忘れていたのか、それともわざとか……とにかくも冬月はゲンドウの縛めを外しにかかった。

「…ふぅ、これで最後だ。少々きつく縛りすぎたかもしれんなぁ。」

最後にゲンドウの猿ぐつわを外すと、そんなことをのたまう冬月。

だからというわけでもないが、ゲンドウのこめかみに青いものが浮かぶ。

「いやー、シンジ君は物わかりがいい良い子に育ったなぁ、レイとの二人きりの同居を快く承諾してくれたよ。ははは、まるでお前の子ではないようだ。顔も母親似だしなぁ。」

ははははと、陽気に笑いながら冬月はゲンドウの肩をぽんぽんと叩く。そして、今さらながらにゲンドウはキレた。

よくぞ今までもったとは思うが、その分蓄積しまくった怒りが噴流となってゲンドウを突き動かした。繰り返しになるが、つまり、キレた。

 

「ふっ、ふゆょちょきゃ〜〜〜!!!!」

 

もはや日本語になっていないその叫びが、彼の怒りの激しさを如実に表していると言えよう。

ゲンドウは冬月の襟首を掴むと、頭がカクカクと前後に動くくらい激しく揺さぶった。

「おいおい碇、老人に乱暴はよくないぞ。」

ええいうるさい! 一体なんのつもりだ冬月!シンジはとレイの二人と一緒に住む予定だったんだ。その為の一戸建てだぞ!!」

「なに?土地付き一戸建てとはまた豪勢だな碇。仮の住まいならここの施設で十分……」

「あ? そんなもんは公費横領でなんとでも…ええい違う! やっとシンジと同居できるとずっと楽しみにしていたのだ!答えようによってはこの首へし折るぞ!!」

「ふむ…」

 

冬月は突如表情を引き締めると、襟元を掴んでいるゲンドウの手をゆっくりとどけた。

そして静かに口を開く。

「碇……これもシンジ君のことを思えばこそだ。」

「なに、シンジだと?」

まるで急速に熱が冷めたかのように理性を取り戻すゲンドウ。

そんな予想通りの反応に冬月は心中ほくそ笑み、続ける。

「シンジ君をよく見ろ。ここに来た頃に比べて随分子供らしくはなったが、未だお前のことを心から認めてはいないようだ。」

「…………ぬぅ……」

「先んじては事を仕損じる…まだお前と同居できる状態ではあるまい? まずはレイと同居させ、シンジ君が『家族』の存在に慣れるまで待つほうが良いだろうと思ってな……」

「なるほど…ということは既にシンジにはレイのことを話したのか?」

ゲンドウに背を向けた状態で口の端を歪めると、冬月はさも当然とばかりに言う。

「うむ、驚いてはいたが、レイが妹という私の話を信じてくれたようだった。無論、それ以上のことは話していない。あくまでもレイのことは人間として説明しておいた…」

感心したくなるほど、冬月の口からは淀みなく嘘八百が流れ出る。

そんな冬月の言葉を受けると、ゲンドウは色眼鏡をくいと上げ、呟くように言った。

「……そうか…」

(シンジよ、すまん…レイのことは俺が一人で背負うことだ……お前には教えられん…)

なんと完全に…これでもかってくらい完全に…ゲンドウは冬月の話を信じていた。

そう、彼はいい年こいてイノセントなのである。

「…すまなかったな、冬月。」

「いや…」

しかしながら、冬月もそんなゲンドウだからこそ彼に従い、好んで同じ道を歩んでいるのだ。

また、なにかに言ってもゲンドウにとって冬月はこれ以上ないほど優秀な補佐官なのである。

……多少、性格に問題があるにしても……

 

「冬月…それではそろそろ仕事を始めるか。」

「うむ、我々にしか出来ない『仕事』を……」

 

そして、不本意にもそんな二人に世界人民の未来は委ねられているのであった。

…とカッコよくきめた所で水を差すようだが、ちょっぴりゲンドウが気の毒な気がするのは作者だけだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、シンジである。

百八つの煩悩を抱えた顔とでも表現すれば足りるだろうか。

とにかくも複雑な…色んな意味で複雑な…表情で、彼はアスファルトの上を漂っていた。

既に地上、ミサト宅への帰りである。

(…とにかく、ミサトさんに相談しよう……)

全ての思考回路が麻痺した彼のブレーンが、恐ろしく長い時間をかけて弾きだしたのがこの結論だった。

多分にメンテナンスを薦めたいところではあるが、生体部品ゆえに安易な修復は不可能だ。

 

 ガチャ

「ミサトさん、ただいま。」

「あら、シンちゃんどうしたの?今日は遅かったのねえ。」

廊下の向こうで、ミサトがひょこんと顔を出した。

どうやら今日は非番のようである。それも珍しく素面で、頭も活動状態のようだ。

「本部によってきたんです。それでちょっと……」

「それでちょっと?」

ここで我らがシンジ君、溜息一つ…

「困ったことになっちゃって……」

「嬉しいことじゃないの?」

「え? なんでですか?」

「…シンちゃん、顔がにやついてるわよ。」

人間、嘘はつけないものである(教訓)

 

 (中略)

  

「ふ〜ん、なるほどねぇ。それでOKしちゃったんだ。」

「ごめんなさい…あの、でも命令だって言われて…それで…」

「…いいのよ、別に。」

「え?」

ミサトは少し淋しそうに微笑んだ。

「だってシンちゃん自身のことですもの。私からは何も言うことはないわ。」

「……すみません、ミサトさん。」

「だから、いいのよ。謝らなくて。」

言い終わると、ミサトはそっとシンジの頭を抱え込んだ。

「でも、シンちゃんがいなくなると淋しくなるわね……」

「ミサトさん…」

一時的なものとはいえ、シンジにとってミサトは間違いなく家族だった。それも恐らく初めての……

ミサトにしてもそれは同様だった。短い間だったが、お互いになくてはならない存在になっていたのだ。

…しばらくして。

「…それにしてもシンちゃん、チャンスじゃない。」

「え? なにがですか?」

内心ドキリとしながらシンジは答える。ミサトはシンジを抱き締めていた腕を解くと、邪悪に唇を歪めた。

「そんなの決まってるじゃないの〜。ね、シ・ン・ちゃん(はぁと」

……読者様方もお察しの通りの展開である。別の言葉では「オヤクソク」というらしい。

「14才でもう同棲かぁ。ちょっと(?)早いような気もするけど……」

「ちょ…ミサトさん、そんなんじゃないんですってば!」

「なはは、冗談冗談。それよりレイにはもう伝えたの? シンちゃんから言うことになってるんでしょ?」

無論、シンジにそれができればミサトに相談などしないのだが……

ミサトにはそんなことはお構いなしなのだった。

 

 

「え、えぇ〜! 今から行くんですか?!」

「そうよ、善は急げっていうでしょ。私はお別れパーティーの準備して待ってるからゆっくり行ってらっしゃい。」

「お別れパーティーって……これから?」

「いいからいいから、行ってらっしゃ〜い! あ、それからちゃんとレイを連れてくるのよ。」

 バタン

シンジに口を出す間も与えず玄関から外に出すと、ミサトは受話器を手に取った。

これから始まる楽しいイベントに盟友リツコを招待するためである。

 

「…ミサトさん……僕を追い出したいわけじゃ…ないよね……」

一方、マンションから閉め出されたシンジはそう呟いたとか呟かなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チ……ン

エレベーターの扉がゆっくりと開く。

リツコは床の荷物を両腕を使って持ち上げると、額にうっすら汗をかきながら歩いていった。

「……まったく…もう……普通…ゲストに……買い物させる……? ……ふぅ、やっと着いたわ……」

気が抜けたのか、リツコはどさりと荷物を落とした。真剣に体力不足が気になる瞬間である。

そして息を整えると、インターホンを鳴らす。

 

ガチャ

 

「あ、いらっしゃ〜い。入って入って!」

無言のままリツコは玄関に靴を脱ぐと、ミサトに頼まれた諸々の食材+酒を目線で示した。

受け取りながら、ミサトは軽く片手を上げて感謝の意を表す。

「ありがと、悪かったわね〜。」

「『悪かったわね』じゃないわよ。まったくもう……ああ重かった……」

「えへへ、ごめんね。この荷物置いてくるからリビングにでも坐ってて。」

勧められるままにリビングに入ろうとすると、キッチンからミサトの声が聞こえてきた。

「……丁度ビールも切らしちゃってたから助かったわ。」

「あなたでもお酒を切らすことがあるのね。」

嫌味たっぷりのリツコの言葉に、ミサトはにへへへと笑った。

「う〜ん、気がついたらもう20本くらいしか無かったのよね。やっぱちゃんとチェックしなきゃだめだわ……」

「……十分よ。」

「え〜? 何か言った?」

「…別に。何も言ってないわ。」

リツコは軽い頭痛を感じつつ、なんとかそう答える。

突然、玄関にシンジの声がした。

「ただいま。リツコさん来てるんですか?」

瞬間、リツコが安堵の溜息をついたのは言うまでもなかった。

 

少しして。

 

四人はリビングに車座に座り、中央に置かれた料理をつついていた。

断っておくがミサトが作ったわけではない、全て出来合いのものである。念のため。

レイは当然ながら当事者の一人であるのだが、シンジの横でわけがわからないといったふうに坐っていた。

ミサトはリツコに目配せすると、レイに話しかける。

「ねえ、レイ。あなた何でここにいるか、わかってる?」

レイはきょとんとした瞳でミサトを見つめると、ふるふると首を横にふった。

(そうよねぇ〜、シンちゃんが自分で言えるはずもないか…)

ミサトは少しだけ苦笑する。何か言いたそうにしているシンジを一瞥すると、口を開いた。

「あのねレイ。今からシンジ君が大事なこと言うからしっかり聞くのよ。」

「…はい。」

「あ、ちょっとミサトさん。何言って……」

ミサトはぴしゃりと言った。

「シンジ君。あなたが自分で言うべきよ、あなたにはそうする義務があるわ。」

「義務って……」

「そうね。やはりシンジ君から伝えたほうがいいでしょう。」

リツコにまでそう促され、シンジは仕方なく横に坐るレイに視線を移した。

小首を傾げ、自分を見つめているレイ。途端に顔が熱くなり、何も喋れなくなる。

(なんで僕っていつもこうなんだろう……ほんと情けない…)

ちらとミサト達を覗き見ると、興味津々といった様子で観察していた。

観念したのか、シンジはのろのろと喋り出す。

「あの…綾波。」

「僕、今日、父さんに呼ばれて、司令室まで行ったんだ。」

「それで……その……」

「僕たち…が、その、僕と綾波が………」

またもや声が詰まるシンジ。再度助けを求めるようにミサトに視線を送る。

だがミサトの目は険悪だった。

これ以上もたもたしていると助け船を期待できないどころか、逆に何を言われるかわかったものではない。

シンジは意を決した。

 

「…綾波! その…父さんが…め、命令で、僕と綾波が……ど、同居する…ことになったんだ……

 

「?」

一生分の勇気を振り絞ったシンジであったが、不幸にもレイはただ小首を傾げただけだった。

ともすると、彼女にはシンジの言った意味が理解できなかったのかもしれない。

ようやく、というよりも見かねたリツコがレイに声をかけた。シンジには期待できないのが判明したからだ。

「レイ、あなたとシンジ君はこれから一緒に住むの。指令の命令でね。」

まだ眉をひそめたままのレイに、リツコは続いて畳みかけた。

「シンジ君と一緒にいるのは好きでしょう? これからは一日中一緒にいられるわよ。」

リツコの言葉はあまりに作為的なものだったが、レイに理解させるには適当な表現だった。

ちなみに何かを言おうとしたシンジは後ろからミサトにチョークスリーパーをかけられ悶絶している。

レイはまだ少し理解できないようでいて、しかしその表情には徐々に嬉々としたものが浮かびつつあった。

「…碇君と一緒…一日中……」

「そうよ、レイ。」

リツコは頷くと、視線をシンジに移した。

シンジはさっきからミサトの腕を延々とタップし続けている。

ようやく解放された瞬間。レイがぽつりと言った。

「うれしい……嬉しい。」

「…綾波……?」

「碇君、私嬉しい。碇君と一緒なのはとても楽しいから……」

「…うん、僕もだよ。」

それはシンジの正直な気持ちだった。

一転、和やかな雰囲気が場を支配する。ミサトとリツコは互いに目配せし笑った。

…複雑な感情を内に抑えながら。

 

 

夜も更けて。

シンジとレイはそのままリビングで眠ってしまい、ミサトとリツコだけが場所をダイニングキッチンに移して飲み続けていた。

リツコは手の内でグラスをもてあそびながら、あまり感情の籠もっていない声で言った。

「ねぇ、なぜなのかしらね。」

「………指令のこと?」

「そう…。命令自体も相当おかしいけれど、なにより突然すぎると思わない? 二人ともまだ中学生なのよ、生活能力の面でも心配だわ。」

「私もね…心配してないわけじゃないの。でもこんな時代じゃない……」

「…早いほうがいいってこと?」

「そう。っても、碇指令の考えてることなんてわからないけどね。想像もできないわ。指令の真意なんて…これまでに理解できたこと、ないんだもの。」

「そんな人だからこそネルフの指令をやっていられるのよ。…でも今回ばかりは本当にわからないわ、一体何のつもりかしら…」

「……………」

喋るのをいったん中止して、ミサトはグラスのウィスキーをいっぺんに喉に流し込んだ。

急速に酔いがまわるのを実感しながら、ミサトの脳裏にはある言葉が浮かんでいた。

-なるようにしかならない-

「…それもそうね。」

「どうしたの?」

「私達はシンジ君たちを見守ることしかできないわ。当事者じゃないんだから……」

「それくらいわかってるわよ。…それでも……」

「いくら悩んでも私達にはどうしようもないもの。もちろん、心配なのはわかるけれど。」

リツコは目を伏せると、

「ほんと言うとね。レイがシンジ君と同居するのはいいのよ。ただ、よくよく考えればレイはそれまで一人で暮らしてきたわ。もちろん今も……」

と呟くように言った。

「それがなぜ平気だったのか今はわからないの。今度のことで色々、自己嫌悪を感じたわ。私は…」

リツコの声を遮って、ミサトは指でリツコの額をこつんとつついた。

「だから、レイを引き取りたいとか思ったわけ? そんなことしても、レイは喜ばないんじゃない?」

「そうね。でも、そもそも今度の話を聞いてそう考えたのよ……」

(それまでは気づくことさえなかった……)

言外に自嘲の響きを含ませて、リツコはますます視線を落とした。

「う〜ん……」

(これは処置無しね〜)

疲れたようにミサトは体重を椅子にもたれさせると、頭をかくんと後ろに投げ出した。

意識はしていなかったが、その視界に眠っているシンジ達が映った。

「あのさ、リツコ……」

ミサトは頭を起こすと、リツコの顔を覗き込むようにして続ける。

「別にいいじゃない。これからでも取り返せるわよ…それは終わったことじゃないの。」

少しだけ頭を起こしたリツコに向かって、ミサトは励ますように言った。

「別に離れてても世話はできるわよ。私なんか毎日でもちょっかいかけるつもりだし。」

「…ありがと。」

ミサトは笑みを作ると、本当のことだものと言った。

その後、遅くまでミサトとリツコは飲み続けた。

もちろん翌日の業務に支障が出たのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

………………

………………………………

総司令室の暗闇に、抑揚のない声が響いていた。

「…ああそうだ。私だよ、ゲンドウだ…」

「すみません。少し驚いたもので……しかし、一体何のご用件ですか? もう1週間もしないうちに新横須賀に到着する予定ですが。」

「…ああ。」

ゲンドウは司令室の赤い電話を右手で握りしめて、一言一句を正確に伝えるかのようにゆっくりと喋った。

「…変更事項を伝える。新横須賀到着の少し前、AM10:00に葛城一尉及び初号機パイロットをそちらに送る。出迎えだ。」

「そりゃ気の利いたことで。指令直々のお達しとは何か…?」

「例のシナリオを多少変更した。…言ったとおり、出迎えだよ……」

「…『碇家補完計画』、順調ということですか。」

ゲンドウ、暗闇の中口元を歪め、

「そうだ。オプションを追加できるほどにな。」

と言った。

「了解しました。ああ、それと先の命令通り『アダム』を携行していますが……」

「それがどうかしたのか?」

「いえ、差し出がましいようですが委員会のシナリオでは『アダム』の移動はまだ先です。管理はこちらでしていたので今の所は気づかれてはいませんが、しかし……」

「わかっている…。だが独支部で信用に足るのは君を含め少数だ、君が後々忙しくなる前に『アダム』を確保しておく必要がある。」

「…承知しました。」

「ではよろしく頼む。」

最後に一言だけ受話器に吹き込むと、ゲンドウは回線を切った。

肘を机の上に置き、いつものポーズをとるゲンドウ。まわりに冬月の姿はない。

「……まさに先見の明だな……ふふふはふは…」

妙な声で一通り笑い、ゲンドウは瞼を閉じた。

(エヴァンゲリオン弐号機パイロット…惣流・アスカ・ラングレー…は才色兼備な上にシンジとは同年代だ。まさに都合がいい…)

「早い時期でのエヴァ弐号機の輸送…弐号機パイロットは日本に到着……そして出会いのセッティング……完璧だ!」

これで完璧と思うあたりがゲンドウのゲンドウたる由縁と言えよう。

彼の脳内では十年後、二十年後の『碇家』が予想の域を超えてありありと存在していた。

それはLRSのこのSSでは描写できない類のものである。

…ともあれ、冬月さえも知らないゲンドウの『碇家補完計画、修正シナリオ』……その一端が明らかになりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  


2002.3/28 掲載

 「やっとか」との声が聞こえてきそうです(--;

 お待たせいたしました。(待たれてなくても言いたいのです、言わせてください)

 本当に遅まきながら「碇ゲンドウ、そしてシンジとレイ。」第九話をお届けさせていただきました。

 遅くなった上に申し訳ないのですが、今回はいわば「つなぎ」の話です。

 しかし、これでようやくアスカ登場の機会を作りましたので近いうちに登場します、彼女。

 アヤナミストにとってはある意味使徒より怖い存在とも言えそうな彼女ですが、一体どんな役柄なのでしょう?(オイ

 気が向けば是非次回も読んでくださいませm(_ _)m

 (次回掲載がいつになるかはわかりませんが……)

 それでは♪

 

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