時に西暦2015年。
15年振りに現れた第3の使徒は、己に向けて飛んでくる弾丸の雨の中、第3新東京市に向けてゆっくりとその足を進めていた。
「くそっっっ!!!」
軍服姿の男がそう叫んでデスクに拳を叩きつけた。コーヒーカップがその冷めた中身を外にぶちまける。
彼の憤りの理由は誰の目にも明らかだった。眼前の巨大モニターに映る異形の巨人。戦車大隊、無人戦闘機、果ては誘導ミサイルまでがその巨人に向かっていったが、いまや数機の無人戦闘機が残るのみである。
「…やはりATフィールドかね。」
「ああ、使徒に対し通常兵器では役にたたんよ。」
モニターにはUN軍が所持する最強兵器、N2爆雷が直撃してもまだ生命活動を停止しない第3使徒の姿があった。
「では本作戦の指揮権を特務機関ネルフに全面譲渡する。……しかし碇君。君ならばあの化け物に勝てるのかね。」
「…その為のネルフです。」
ネルフ総司令、碇ゲンドウはそう素っ気無く答えると色眼鏡をくいと上げた。
その表情からは何の感情も読みとれない。
(ふふ……相当焦っているな、碇のやつ……)
だが長年彼に付き従ってきたネルフ副司令、冬月コウゾウにはゲンドウの無表情の下に潜む感情がわかるようだ。
(3年振りの対面だからな…シンジ君との。)
「冬月、後は頼む。」
UN軍幹部との話し合いが終わるやいなや、エレベータに駆けつけたゲンドウが下りのボタンを押しながら言う。
「うむ、シンジ君によろしくな。」
そう言いながら、冬月は普段あまり見ることのできないゲンドウの一面を覗いた気がして失笑を禁じ得なかった。
(…だが碇のやつは不器用だからな。シンジ君に気持ちが伝わるかどうか。)
その頃、当の碇シンジはネルフ本部に向かうカートレインで、車ごと運ばれていた。彼の横には葛城ミサトと名乗った女性が座っている。
「お父さんの事、苦手なの?」
「え、ええ。あんまり会った事ないですし……」
(…そう……僕はいらない子供なんだ……)
突然の質問に多少どもりながら答えると、いつものように自己否定モードにシフトするシンジ。ミサトは困ったような表情をすると話題を変えようと話しかけた。
「あ、忘れてたわ。これを渡しておけって。総司令、お父さんからよ。」
ミサトが差し出した分厚い資料。その表紙には印刷された極秘マークと共に手書きでこう書かれていた。
『人造人間エヴァンゲリオン、その構造と操縦法』
数十分後、途中道に迷ったりもしたが、シンジ達はケージにいた。
「…これが……?」
シンジは目の前にある紫の巨人を見て感嘆とも驚愕ともとれる言葉を呟いた。
一応、さっき貰った資料に載ってはいたが本物は迫力が違う。
「そう、これが極秘裏に建造された人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ。」
ケージに来る途中で合流した(というより道に迷ったミサトが呼び出した)赤木リツコ博士が答える。
「久しぶりだな、シンジ。」
「!!!!」
見上げると初号機の頭の上。硬化ガラス越しにゲンドウがこちらを見下ろしている。
「と・・・父さん・・・」
(どああーーーーーーーー、シンジィーーーーーーーッッッッ会いたかったよおおーーーーーっっっっっっっ!!! ………だがっ、すまんシンジ!おまえにはエヴァに乗って貰わなくてはならん。それがおまえの未来の為なのだ。サードインパクト、人類補完計画を阻止するためにも……)
「……出撃…」
内面の葛藤はどうあれ、シンジとネルフ職員が聞いたのはこの一言のみであった。
「出撃……って零号機は凍結中よ!!」
「初号機を使うわ。」
「使うったってパイロットがいないわよ!!!」
「今届いたわ。」
「!」
ミサトの視線がシンジに注がれる。
「…でも綾波レイでさえ、シンクロするのに7ヶ月もかかったのよ? …今来たばかりのシンジ君じゃ無理よ……」
「座っていてくれさえすればいいわ、それ以上は望みません。」
「…マジなの……?」
「父さん……」
初めて当事者であるシンジが口を開く。その瞳に大粒の涙を湛えながら……
「僕にこれに乗れっていうの? 僕はいらない子供じゃなかったの?! 父さんっっ!!」
「…必要だから呼んだまでだ。」
言いながら彼の心は悲鳴をあげていた。何しろ最愛の息子の涙という最も見たくないモノを自分が流させたのだから。
そして彼の心はその状況に長く耐えられるほどタフでは無かった。
「……パーソナルパターンをレイに書き換えろ。…冬月、レイを起こしてくれ。」
ゲンドウはモニタ越しに冬月に向かって話しかける。
「使えるのか?」
「死んでいるわけではない。」
「……」
(無理をしているな。シンジ君やレイを最も傷つけたくないのは碇の奴だろうに……)
心中の言を口には出さず、無言のままに回線を切ると、冬月はレイの病室に向かって小走りに走っていった。
シンジは地上、第3新東京市で使徒と遭遇した時のことを思いだしていた。次々に落とされる戦闘機、降り注ぐ瓦礫。あの時ミサトが駆けつけなかったらどうなっていたか、想像するだけで体が芯から冷たくなるような気がする。
(そうだよ、なんで僕がこんなわけの解らないモノに乗らなくちゃいけないのさ。せっかく来たのに……それに大丈夫だよ。僕が乗らなくても綾波レイっていうパイロットがいるって言ってたし……)
そこまで考えたとき、シンジ達が入ってきたドアとは反対側のドアが開き、数人の医師達と共に一台のストレッチャーが運ばれてきた。そのストレッチャーがシンジの横をすぎる時、彼は見た。マットレスの上に横たわる蒼髪の美少女を。だがその外見は体の殆どを包帯にまかれ、右目を眼帯で覆った痛々しいものだった。右腕に至ってはギブスで固められている。素人のシンジにも動かしていいケガ人でない事ぐらいはわかった。そして彼女の左の紅瞳には何の感情も浮かんでいない。
(この娘が綾波レイ?! …そんな…こんな大ケガしてるのに……)
シンジが呆然としていると、突然大音響と共にケージを振動が襲った。
「奴め!ここに気付いたか!!」
ゲンドウの声、しかしシンジの耳には入らない。
彼の瞳にはレイしか映っていなかった。
ストレッチャーの脚が折れ、地面に滑り落ちるレイ。
気が付くとシンジはレイに向かって走っていた。
レイを抱き起こすシンジ。その軽さに彼は少女の儚さを感じる。
(こんなに軽い女の子……それも怪我人に全部押しつけて現実から逃げようとしてたなんて………僕は最低だ!!!!)
「……はぁ…ぅぅ……」
シンジは腕の中の少女の呻き声で気を取り戻した。今の彼の瞳は、ついさっきまでの「最低」な少年のものではなかった。
ストレッチャーのマットレスだけを取り、その上にレイを寝かすと苦悶の表情を浮かべる少女に囁く。
「ごめん……君がこんなに苦しんでるのは僕のせいだ………
許してくれなくたっていい…………
でももう逃げない……絶対に君を死なせない………
君は、僕が守る!!」
最後の一言のみ、はっきりと声に出して言うと、シンジは立ち上がって叫んだ。
「やります!!僕に乗らせて下さい!!!」
シンジの右手は少女の血で紅く染まっていた。
2002.3/4 加筆修正(ダメダメすぎる……)